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仙台高等裁判所秋田支部 昭和42年(ネ)30号 判決 1968年11月27日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は、左に一部付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

一  控訴人原田タケ・真一・大船実・中谷キヨ・新岡アキ・小高ミツ訴訟代理人(以下、控訴人ら代理人と称す)の主張

(一)  本件土地は原判決事実摘示のとおり国から訴外原田繁一名義で売渡しを受けたものであるが、右主張はこれによつて、本件土地に対する同訴外人の所有権取得の事実を争うものではない。

(二)  控訴人らが、本訴で主張する小作権とは使用貸借による権利をいうものである。

(三)  前記原田繁一が本件土地の売渡しを受けた昭和二三年七月二〇日当時の原田家の世帯主は亡原田吉五郎であつたが、原田繁一が当時、吉五郎と同一世帯であつたか、否かは不明である。

(四)  なお、原田吉五郎は昭和四二年三月一六日死亡したので、その妻原田タケ、二男原田真一、三男大船実、四男原田操、二女中谷キヨ、三女原田キナ、四女新岡アキ、六女小高ミツ、がそれぞれ相続し、長男原田繁一は昭和四二年六月二六日相続を放棄したものである。

二  被控訴代理人の主張、

控訴人ら代理人主張の(四)の事実は認める。

三  証拠関係(省略)

理由

一  本件土地がもと原田繁一の所有であつたこと、これを、訴訟承継前の控訴人原田吉五郎(以下吉五郎という)が占有していてその妻である控訴人原田タケに耕作させていたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第一ないし第五号証、乙第七号証に原審および当審証人原田繁一の証言、原審および当審における被控訴人本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、本件土地は旧自作農創設特別措置法第一六条の規定によつて原田繁一が昭和二三年七月二日売渡しを受けたものであるが、同人は昭和四一年三月二五日頃農地法第三条による青森県知事の許可を得て、同年四月五日、これを被控訴人に譲渡し、同年四月九日付をもつてその旨所有権移転登記手続をなしたことが認められる。

三(一)  控訴人らは、右県知事の許可は本件土地が原田繁一と吉五郎との間に使用貸借による使用収益権が設定されているのに、これを無視してなされた点において農地法第三条第二項第一号に違背し無効であると主張する。

しかしながら、右規定にいう小作地とは所有権以外の法律上正当な権原にもとづいて耕作の事業に供している農地を指称するものと解すべきところ、本件土地につき、主張のような使用収益権設定の契約がなされたとしても、右使用収益権はなんら法律上正当な権原によるものではないから、本件土地は同法条にいう小作地に該当するものではない。すなわち、本件土地が国から売渡しを受けた当時施行されていた農地調整法(昭和二七年一〇月二一日から廃止)第四条の規定によれば、農地につき賃借権、その他の使用収益権を設定する場合は所轄県知事の許可、または所轄農地委員会の承認を要し、かかる許可、または承認を受けないでなした使用収益権の設定は法律上効力を生じないものと規定されていたところ、控訴人ら主張の吉五郎の使用貸借による権利は本件土地の売渡しを受けた当時はもとより、その後右法律が廃止されるまでの間叙上の許可、または承認があつた事実は本件に顕われた全証拠によつてもこれを認めることができないし、また、右農地調整法の後に引き続いて施行された農地法においては、本件土地のような、いわゆる創設自作地については控訴人らが主張するような使用貸借による権利を設定することは許されない(同法第三条第二項第六号)ものであつて、これに違背してなされた使用収益権の設定は法律上効力を生じないものと解すべきものであるから、かりに、主張のような権利が設定されたとしても、それは法律上正当な権原によるものとはいえない。

そうすると、前認定の県知事の許可に主張のような違法はなんら存しない。

(二)  ついで、控訴人らは、前記県知事の許可は、原田繁一と被控訴人が通謀のうえ、本件土地を原田繁一の自作地であると虚偽の事実を申立てて、県知事を欺罔した結果なされたものであるから、無効である旨主張し、成立に争いのない乙第七号証によれば、原田繁一は青森県知事に対する農地法第三条による本件土地の所有権移転許可申請にあたつて、その申請書に本件土地は同人の自作地である旨記載していることが明らかである。

よつて、以下、本件土地が原田繁一の自作地であるとした点に虚偽の事実があるか、否かを検討する。

成立に争いのない甲第四号証、乙第一、第七号証、原審証人原田繁一の証言により成立を認める甲第六、第七号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙第五、第六(仕訳票)号証、原審証人原田謙蔵、同原田みつゑ、訴訟承権前の原審証人中谷キヨ、同原田タケ、原審および当審証人原田繁一、同原田源蔵、当審証人須藤与次郎の各証言、原審および当審における被控訴人本人尋問の結果にあわせ前掲認定の事実を総合すると

(1)  本件土地はもともと吉五郎が賃借権にもとづいて耕作の業務を営んでいたので、昭和二三年七月二日になされた旧自作農創設特別措置法第一六条による売渡しは本来、吉五郎が受けるべき立場にあつたが、同人は将来、長男原田繁一に扶養して貰おうと考え、当時同居して生活を共にしていた原田繁一と相談のうえ、同人が売渡しを受けることとしたこと、

(2)  しかし、原田繁一はその後暫らくしてから妻子とともに吉五郎の住居を出て近くに別居し、昭和三〇年一〇月頃から生命保険会社の外交員となつて、昭和三七年四月頃からは鯵ケ沢へ、昭和三九年九月頃からは深浦へと妻子ともども転居して本件土地が被控訴人に譲渡された昭和四一年四月五日当時も深浦に居住していて、吉五郎夫妻とはその生計もまつたく別に営んでいたこと、

(3)  本件土地の耕作は、右のように別居した後も、前と同じように吉五郎夫妻や原田繁一の妻みつゑがこれに従事し、肥料代や人夫賃なども原田繁一が負担したこともあるうえ、同人の家族の飯米などはすべて本件土地から穫れた米によつて賄つていた。しかし、前述のように鯵ケ沢へ転居するようになつてからは、吉五郎は病弱で農耕ができず、また、その妻控訴人原田タケも老年であることなどから、原田繁一は本件土地の略半分に相当する部分を農地法上の許可なしに被控訴人に小作料を白米で支払うことで賃貸し、残余の部分を控訴人原田タケと前記みつゑなどで耕作していたけれども、昭和三九年には本件土地の全部を前同様被控訴人に賃貸するに至り、控訴人原田タケも被控訴人から小作料として白米七俵を受領したこともあつたこと、

(4)  その後、昭和四〇年には控訴人原田タケの要望から本件土地の返還を受け、同年度の田植は、控訴人原田タケと前記みつゑらがこれに従事したけれども、同年七月には吉五郎の病気治療のため、吉五郎夫婦は千葉に居住する四男操の許へ行つて、吉五郎の家が留守となつたため、原田繁一の妻みつゑやその長男謙蔵が、その家に泊り込んで本件土地の除草など管理にあたり、そして、同年九月四日には吉五郎夫婦も帰つて来たので、その年の稲刈は例年のとおり控訴人原田タケや前記みつゑらが協同してこれをなしたこと、

(5)  しかし、吉五郎は千葉へ行くにあたつて、その所有にかかるリンゴ園など財産の一部を原田繁一に相談もしないで処分したこともあつて、その頃から吉五郎夫妻と原田繁一の仲はとかく円満を欠くようになつて、同年一一月には、親子仲違いの状態になつたため、その後の本件土地の耕作などはもつぱら控訴人原田タケがこれをなしていて、吉五郎とともに被控訴人の本件土地に対する所有権取得の事実を争つていること、

以上の各事実を認めることができ、前掲証拠中、右認定に反する部分はその余の証拠に照らして信用できない。

右事実によれば本件土地につき耕作の事業を主宰していたものは、その所有者であつた原田繁一である、と解するのが相当であつて、吉五郎夫妻はその両親として原田繁一のため、事実上耕作に従事したに過ぎないものというべきである。

もつとも、成立に争いのない乙第二、第三号証、同第一〇号証の一、二によれば、原田繁一は所轄農業協同組合の組合員ではなく、かえつて吉五郎が組合員であつて営農資金なども吉五郎が貸与を受けているうえ、所轄農業委員会も吉五郎をもつて本件土地の耕作者である旨証明しているけれども、農地法上耕作の事業を行う者であるためには農業協同組合に加入し耕作を専業としていることは必ずしも必要ではなく、本件にみる原田繁一のように自己は他業に専念しながら、同一世帯員である妻をして農耕に従事させている場合でもこれに該当するものであつて、これにあわせ前記認定の諸事実をとくに考慮すれば、吉五郎に上述の事実があつてもこれによつて、前記結論が左右されるものではない。また、成立に争いのない乙第四号証(仮処分命令申請書)中には、吉五郎が昭和四〇年一二月一四日まで本件土地につき耕作権を有していたかの如き記載があるけれども、その文書の性質にかんがみれば、右のような記載があるからといつて、直ちに吉五郎が本件土地につき耕作権を有したものともいえない。

そうだとすれば、本件土地は原田繁一の自作地であつたものというべきであるから、青森県知事に対する農地法第三条による前記許可申請書の記載にはなんら虚偽の事実はなく、その他控訴人ら主張の事実については本件に顕われた全証拠によつてもこれを認めることができない。

(三)  以上のとおり、県知事の農地法第三条による所有権移転の許可にはこれを無効とすべきなんらの違法もないから、被控訴人は本件土地に対する所有権を正当に取得したものというべく、これに対し、吉五郎の本件土地に対する占有(同人は昭和四二年三月一六日死亡し、その妻子である控訴人らがその地位を相続したが、この点については当事者間に争いがない)は被控訴人に対抗し得る正当な権原によるものではない。

四  控訴人らは、右県知事の許可については現在争訟中であつて、取消しの可能性が大であるから、かかる浮動な状態で本件土地の引渡しを求めることは許されないし、また、本訴請求は権利の濫用である旨主張するが、前段の主張は独自の見解であつて、なんら法律上根拠のあるものではないし、また、後段の権利濫用の主張については、本件に顕われた全証拠を総合しても、かかる主張を肯定するに足りる事実を認めることはできない。

五  とすれば、被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきものであるから、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

よつて、これを棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条本文、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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